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元きょうだい児です。

神奈川県央きょうだいの会・代表のブログ

距離感

今日の午後、地元きょうだい会の拠点会場主催の「協議会」に参加。

お昼は、日曜祝祭日休みのパン屋さんで一息。
普段はなかなかご縁のないお店に足を運べたのは、ちょっと嬉しかった。


さて、今日はその「協議会」に参加した団体の一部と、一般社会の現状との距離感を、薄々思い知らされた二時間だった。

ちなみに「協議会」の内容は、ざっとこんな感じ。
・年一回開催の「サポセンフェスタ」を、他の様々なお祭りとは別の日の開催か、それとも現行通り同日開催かについての議論。
・現在拠点としている会場は県から借用している建物なので、今後、借用期間が終了して使えなくなった、若しくは老朽化で使えなくなった場合、将来的にはサポートセンターの移転も十分にあり得るという市職員の方からの報告。
・現在、サポートセンターに登録している全市民団体の存在意義。

ちなみに、私が開設した地元きょうだい会(といっても、実際はほぼ「単独行動」だけど…)は、当事者だけの「セルフヘルプ・グループ(自助会)」なので、開設当初から厳密な参加資格を設けている。
だから、他の市民活動団体とは違い「誰でも大歓迎!」という訳にはいかない。
そういう意味でも、極めて特殊、かつ閉鎖的な団体と言える。

だけど、本来なら「誰でも大歓迎!」こそ、市民活動団体のあるべき姿。
それなのに、参加したくても、

「あなたは当事者ではないので参加できません」

と言われたら、言われる側は一体どう思うだろう…

そんな私も、妹を亡くして間もない頃に、その「言われる側」を体験している。
以前から興味があった教会のコーラス隊から、

「あなたはキリスト教徒ではないから参加できません」

観客として足を運んでいた頃はにこやかに対応していた隊員達から、こう言い放たれた。

心の拠り所と決めていた人達から冷たく突き放され、たった一人で泣きながら帰路を歩いた事を今もはっきりと覚えている。


ところが、その「誰でも大歓迎!」の市民活動団体の一部でさえ、一般社会の現状と今一つ噛み合っていないような気がしてならない。

事実、今日参加した市民活動団体の中に、本来の市民活動とは程遠い、見るからに趣味や娯楽的な団体がいた。

とある団体の代表の方も、次のような事を言っていた。

「もはやカルチャーセンター的な存在と化していて、真の意味で市民活動のために活動していないような気がする…」

確かに、趣味や娯楽的な行為は、一般社会ではなくても特に問題ない。
該当する市民活動団体の皆様には大変失礼な言い方かもしれないが、市民活動は元々、ひとり親や要介護等、特殊な事情を抱えている家庭が、地方自治体の行政サービスだけでは到底行き届かない支援を受けられ、少しでも安心して生活できる為の「受け皿」であるはず。

私はそこから、市民活動団体と一般社会との目に見えない微妙な距離感を感じた。

厳しい参加資格を設けている私のきょうだい会でさえ、

「難病者・障害者の兄弟姉妹への支援」
「死別や離婚等による喪失を体験した人の為のグリーフサポート」

それらの重要性を一人でも多くの市民に知って頂きたい思いから、誰でも参加できる「きょうだいの集い」等、例外を設けている。


地元にきょうだい会を開設した一番の理由は、私自身、そのきょうだい支援を受けたかったから。

「私の地元にも、もしかしたら自分と同じ立場にいる人達が大勢いるのでは…」

そこで、同じきょうだいの仲間からきょうだい会開設までの過程を教えて貰い、一年半前、ようやく開設する事ができた。

きょうだい会もまた、一般社会では無くても特に問題ないかもしれない。
実際、理解ある家族や周囲の支えで、平穏無事に生きているきょうだいは大勢いる。
だけど、無理解な家族や理不尽な環境に散々泣かされ、人生の大半を犠牲にし、たった一人で精神的に苦しんでいるきょうだいも同じくらいいるのも事実。

私の地元きょうだい会は今、そんな後者のための「受け皿」の一つになるのを目指している。
彼らにとっては、何よりも必要不可欠な存在になるかもしれないのだから。

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