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元きょうだい児です。

神奈川県央きょうだいの会・代表のブログ

「残された人間」の虚しさ

こんにちは。

昨日は、今年最初の横浜きょうだいの会に参加。

だけど、参加者は主催者以外は何と私一人…
他に参加者が誰もいないのは、会話する上でやはり淋しいです。

私も今は別の会で代表を務めているので、参加者が少ない故の淋しさが凄く分かります。

さて、その主催者さんと会話した中で思ったのは、いつの時代も「残された人間」に対しての風当たりは極めて厳しいという事。
ちなみに私は、わずか8歳にして、その「残された人間」になりました。

一般的に幼くして、あるいは若くして亡くなられた人間に対しては、よほどの事でもない限り、決して悪く言われないんですよね。

「○○さんはとても良い人だった…」

と、たちまち「善人」に。

逆に「残された人間」は、家族や親戚、知人を失った事による激しいストレスに加え、その後襲われるグリーフにも一生対応しなければならないのに、特に小さな子どもに対しては何かと軽視されがちです。

「この子はご両親が付いているから大丈夫!」

だけど、そのご両親から見放された場合、あるいはご両親がグリーフに全く無関心だった場合、その子どもの将来は一体どうなるのでしょう?

しかも、運良く専門家や有識者との出会いに恵まれないかぎり、大人になっても、子どもの頃のグリーフをそのまま引きずり、その後の進学や就職、結婚にも大きな影響を及ぼしてしまいます。

私自身、5年前に偶然同じ目に遭った人と友達になるまで、完全な「孤立無援」でした。
ですから、今のきょうだい会はこの上ない有難い存在。

「残された人間」の子どもは、本当に「忘れられた悲嘆者」です。
自らの過去を自己紹介しない限り、誰も気にかけてくれません。
幼くしてこんな宿命を背負うのは、あまりにも酷過ぎます。


Megumi

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