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元きょうだい児です。

神奈川県央きょうだいの会・代表のブログ

「喪失」

明日から毎月恒例のアルバイトの準備のため、今回は心の中でもやもやする思いを少しだけ。

振り返ると、私の人生のスタートも「喪失」から。


3歳から約5年間のきょうだい児体験。
8歳で祖父と妹が相次いで亡くなった。
そして、元々の自分自身も完全に見失った。

きょうだい児、中でも単独きょうだい児は、例え障害者や難病者等の同胞者が亡くなっても、正直なところ「ホッとする」のはつかの間。
下記の一連のつぶやきのような「解離」や「フラッシュバック」的な症状や、家族からの執拗な過干渉に見舞われる等、更なる不運が何十年も続く事も。




「喪失」は、もちろん自らの意志で手離す意味も含む。
だけど、私的にはある日突然、この上なく大切な存在や宝物を、無理やり引き剥がされたり破壊されるようなもの。

私も20代前半でうつ病を患うほどの深刻なダメージを負った。
しかも、SOSも「性格の問題」として簡単に片付けられる。
好きな事が中心の日常生活に方向転換できた今も、うつ病と密かに闘い続けている。

だからこそ「喪失」体験者に対し、間違っても、下記のような言葉を言ってはいけない。

「これはあなたにとって必要な事」

「喪失」による燻った心の「火」に「油」を注ぐようなものだから。

何かと忙しい現代社会では難しいかもしれないけれど、まずは「喪失」した現実を自覚し、長い時間や年月をかけてでも、そんな自分の気持ちに寄り添うのが大切。

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誕生日と月命日

今日は、今は亡き妹の誕生日。

そして、奇しくも月命日の日。

私にとって、この日は今も心安らぐ日ではない。
しかも、よりによって午後3時頃からは、毎月恒例のアルバイトの打ち合わせ。

それでも、たった1人で言葉にできない苦しみを抱え込んでいた頃を思えば、今はこうして気持ちを書けるだけ全然マシ。
それに、気軽に話せるグリーフサポートの仲間もいる。

ちなみに本命日は12月9日。
今年はその日も、既にきょうだい関連の用事が入っている。
支援活動に必要な事とはいえ、さすがの私も少し心が揺らぐ。

グリーフによる悲しみや辛さは、結局、一生心の中に残るのを強く実感。

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「忘れられた悲嘆者」

数日ぶりのブログ復帰。

Twitterで紹介された記事を読んでいると、今でもかつての自分自身と重なる。

特に震災や交通事故によるグリーフの場合、まさしく「ある日突然」なので、現実との折り合いがつくのが物凄く遅くなるのはむしろ当然の事。
それでも、私がグリーフを体験した数十年前と違い、今はそのような遺児たちに対する「心のケア」が充実しつつあるのがせめてもの救い。

また、私は妹亡き後、長年「解離性障害」に悩まされている。
その上「解離性障害」は、

「キチガイ」
「キモい」
「頭がおかしい」
「精神異常」

失礼な発言で大変申し訳ないけれど、「解離性障害」の症状は一見、上記のような単なる性格の問題に見られがち。

私も母親から厳しく注意され、周囲から敬遠されるだけで、誰からも支援の手を差し伸べられる事なく放置された。
せめて、数十年前から下記の記事が多くの方、特に教育関係者に知られていたら、私も一般社会からの挫折を辛うじて免れていたかもしれない。

本来ならば、れっきとした「悲嘆者」なのに、なぜか過去の悲しみさえ、何事もなかったように忘れられ、誰からも無視されてきた。
それなのに、我ながら「今までよく生き延びてきたな…」とつくづく思う。

自分自身が亡くなるまで、自らのグリーフに終わりはないのに。

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