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元きょうだい児です。

神奈川県央きょうだいの会・代表のブログ

古谷優人投手

まずは先日のつぶやきから。


参考として、私の過去記事も。
【元きょうだい児です。大瀬良大地投手】


今回、障害を抱える妹さんの笑顔と共に、下記のセリフが私の心を揺さぶった。
数多くの現役きょうだい児が抱える思いがそのまま表れていたから。
「味方は身内の自分たち。
普通に考えて親が先に死ぬと思う。
そうなった時に自分が守っていけたらと思います」

「…ってか守っていきます」


広島の大瀬良投手と同様、古谷投手の今後の活躍を心からお祈りします。

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きょうだい児だからできる事-2

昨晩、地元きょうだい会のTwitter例会を開催した。
その後、深夜まで議事録の編集をしていたので、今日は一日中完全休養。

お陰様で、アカウントのフォロワー数もツイッター例会の参加者も増加。
24時間テレビとバリバラの感想や、「感動ポルノ」に対する思い等、様々な意見が飛び交い、私自身、今後のきょうだい支援のヒントにもなった。

今回は、私の過去記事から。
【元きょうだい児です。 きょうだい児だからできる事】


それから、最近の記事がこちら。

ちなみに「いのちの電話」の相談員はボランティア。
これは私的には大問題だと思う。

他人の悩みや苦しみを直接電話で傾聴する事は、専門的な知識や最低数か月以上の訓練、その上、物凄いエネルギーを必要とする。
「いのちの電話」の相談員に比べたら足元にも及ばない私でさえ、Twitter例会では相手の気持ちに寄り添う、できる限り肯定的な言葉で返信する等、常に必要最低限の礼儀を心掛けている。

そんな私も、地元に大人のためのきょうだい会を立ち上げてから間もなく2年。
その間、他人の話を親身になって聴く事が、実はどれだけ難しい事かを痛感させられた。

ただ黙って頷くだけではダメ。
もちろん、自分の意見や反論を一方的に押し付けてもダメ。
今も試行錯誤が続いている。

そもそも、非常勤の国家公務員であるはずの「保護司」でさえボランティア。
本来なら、今の日本にとってむしろ最も必要な人材が、依然としてボランティア扱いされるのは明らかにおかしい。





だからこそ、家族会や各種自助会を決して侮ってはいけない。
私自身、思い切って自助会に参加した事で、人生が良い意味で一転した。

そんな私が、自らも発達障害者、元きょうだい児、グリーフ体験者という、極めて大きなリスクを抱えつつ、あえて地元にきょうだい会を立ち上げた最大の理由は、きょうだい会が県内全域で数える程度しかないのと、そもそも、地元にきょうだい会がないから。

但し、念入りな準備や心構え、拠点場所の設定は当然ながら必要で、結局、地元にきょうだい会を立ち上げるまでに4年ほどの歳月がかかった。
その間、ネット上での小さな支援活動でも試行錯誤、悪戦苦闘が続いた。

今も相変わらず失敗や心無い中傷で悩む事があるけれど、それでも、数多くの当事者の選択肢の幅を少しでも広げるには、自らのリスクを背負ってでも「見切り発車」をするしかなかった。


「人助けは、自分の世話ができる奴がやる事なんだよ」

いい歳して、いまだに自分自身の世話もロクにできず、時々うつの後遺症で精神的に不安定になる私が、人助けをする資格が全くないのは十分承知している。
きょうだい支援も、本来ならきょうだい児ではない方が適切だと思う。
自分自身を重ね合わせる事なく、第三者の目線で冷静沈着に対応ができるから。

だけど、自助会の活動は当事者同士しかできない。
きょうだい同士の自助会も、元々きょうだいだった私だからこそできる。

だからこそ、地元の通常例会に参加してくれる方や、Twitter例会に毎月参加してくれるフォロワーさんには心から感謝している。

逆に私が生きるためのエネルギーをもらえるから。

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「感動ポルノ」はいらない!

今回は、過去記事の続き的な内容。
【元きょうだい児です。 愛で地球は救えないのに…‐3】

例えば、長年、事ある度につい口にしていたこのセリフ。

「○○さんの状況に比べたら、私なんて全然マシ!」

実はそんな考え方も「感動ポルノ」の1つだったとは…

本来ならば、努力や苦労は決して比較するものではない。
他人から見れば、全然大した事ないように見えても、本人にとっては、この上ない努力や苦労かもしれないのだから。

もちろん、私は他のきょうだい児やグリーフ体験者よりはずっと恵まれているのも事実。
それでも「解離性障害」等、学生の頃から一般社会への進出を阻む後遺症に散々悩まされている。


中でも、私が最も印象に残った一文はこちら。
「もっと個人として見てほしい」
「障害者を社会からいないことにしちゃいけないし、見えないことにしちゃダメ」

これには私も同意!
私は目に見える障害こそないものの、妹の「代替品」として扱われ、一人の人間として認められた事がなかったので、ほぼ同じ立場にいる人間として相通じるものがある。

本来ならば、前述のような「感動ポルノ」ではなく、一般社会の中で日常生活を平穏無事に生きるのが理想。
これは障害者のみならず健常者も同じく。

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