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元きょうだい児です。

神奈川県央きょうだいの会・代表のブログ

障害者施設事件から1年

まずは、昨年の7月26日に書いたこの記事から。
【障害者施設事件で思った事|きょうだい児|元きょうだい児です。】

そして、ネット上で度々お世話になっているフォロワーさんのつぶやきはこちら。

昨日は年一回のがん検診の待ち時間中、障害者施設襲撃事件に関するマスコミ各社の記事を、片っ端から手持ちのスマートフォンで読んでいた。
もちろん、コメントの大半は、事件の犠牲になられた方への追悼の言葉や、負傷された方やご家族への気遣いの言葉で埋め尽くされていたけれど、中には思わず目を背けたくなる一文も目立つ。
今の高齢化社会では、誰もがいずれは身体や脳に障害を背負うかもしれないのに。

もし、自分が元々きょうだい児だったのを忘れていた数年前までなら、恐らく「かわいそう…」「酷過ぎる」といった感情だけで終わっていただろう。

だけど、数多くの同じきょうだい児と次々と知り合いになり、現実はとても綺麗事では済まされない、家族が抱える生活上の問題と、障害者施設の従業員が置かれている現場の、あまりにも過酷過ぎる労働環境を初めて知る事に。
今やきょうだい児、特に現役の方からの思いを直接拝聴する身の一人として、改めて考えさせられた。

某チャリティー番組(今は番組名も出したくない)が、しょせん「綺麗事」「無意味なパフォーマンスに涙」に過ぎないのは、障害者施設襲撃事件のその後の取り扱いで十分証明できる。
いまだに残る障害者への差別の根強さや優生思想、家庭内だけで抱え込む言葉にできない苦しみ…
遺族の顔モザイクに加え、インタビュー時の肉声の大幅な変更があまりにも悲しすぎる。

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「避難場所」の必要性

一昨日は、新宿できょうだい支援の定例会。

そして昨日は、地元のきょうだい定例会。

新宿の定例会は年数を積み重ねているせいか、今ではほぼ毎回、必ず初参加の方がいる。
それに引き換え、私の地元の定例会ときたら…(苦笑)。
それでも、今は元々の自分らしくいられる居場所と時間があるだけ、十分ありがたいと思わないと…ね。

もちろん、きょうだい児の中には元々の家庭環境や人間関係が良好で、定例会や自助会の援助が不要なほど、順風満帆な日常生活を過ごしている人も少なくない。

だけど、人生はいつどうなるかわからない。

万が一のために、一時的に家族から離れるための「避難場所」は必要です!

きょうだい児の定例会に参加する度に、「避難場所」の必要性を痛感させられる。


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絵本ムービー「ぼくのおとうとは機械の鼻」

昨日の朝、この動画を拝見した。

【絵本ムービー「ぼくのおとうとは機械の鼻」】


おにいちゃんは私そのもの。
子ども時代の私の心をそのまま代弁している。

私は妹の死から30年以上経過した今でも、とても号泣なしでは見られない。

「もう終わったでしょ」
「過去の事じゃない」

幼少期のきょうだい児・グリーフ体験は、一生続く心の傷なのに。

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