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元きょうだい児です。

神奈川県央きょうだいの会・代表のブログ

大人の対応

「神奈川県央きょうだいの会」開設。
そして、自ら代表になって早2年半。

次第に「大人の対応」の必要性を実感しつつある。

言うまでもないけれど、大人のきょうだい児・元きょうだい児は「人それぞれ」だから。


今でこそ、日常生活は何とかなっているけれど、小学生の頃から数年前まで、一時期オーバードーズに陥るほど地獄続きの日々だった。

幼年期を病児のきょうだい児として過ごした私は、物心付いた頃から「ひがみ」「ねたみ」「うらみ」はむしろ当たり前。
自分をけなし、いじめた他人の不幸はまさしく「蜜の味」。

「ざまぁみろ!」

心の底から小躍りして喜んだ。

当然ながら、自分の置かれた家庭環境や周囲の人達に対し、頭の中は常に不平不満で一杯。
その上、当時はそれを「我慢強さ」といった自分の最大の長所だと思い込んでいたので、物凄くタチが悪かった。

ところが、その我慢をやめ、気楽にわがまま放題に生きる事に方向転換した途端、(言葉は悪いけれど)ガチ話ができる友達やきょうだい児支援に理解のある仲間との交流が急増。
「何で自分だけが…」といった理不尽な思いが徐々に減り、今では、自分と全く違う世界で生きてきた、いわゆる一般家庭育ちの人に対しても、何とか対応できるようになった。

それでも、不意に過去の「ひがみ」「ねたみ」「うらみ」に襲われ、うつ病になるほど心が激しく揺らぐ事も。
現実は、そう簡単に「マザー・テレサ」のようにはいかない。

また、毎月1回の定例会やTwitter例会、戸外の他団体の集まりでも、カウンセリング的な交流や傾聴の難しさを痛感させられる。

特にTwitter例会では、毎月、様々な意見や考え方が飛び交うので、私も極力相手の立場を尊重するよう努めているが、様々な意見や考え方のバランスを取るのは、一見簡単なようでいて、実はかなり難しい。
下手をすると、単なる「八方美人」にもなりかねない。
特に「一対一」の会話となると、冷静さが減り、無意識のうちに感情的かつ過激な発言になりがち。


それより、学校や職場では間もなく「新年度」を迎える。
私もその「新年度」の最大の目標として、日頃から自分の心の揺らぎに注意を払い、できる限りの傾聴を心がける。

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「横のつながり」

昨日の夕方、サポコミュカフェに行ってきた。

あまりの心地良さに、初めて終了時間まで参加。
もちろん、その分帰宅時間も大幅に遅くなったけれど(苦笑)。

ここだけの話。
家族には「友達同士のお食事会」とウソをついているとはいえ、サポコミュカフェのお陰で、家族も次第に「ふぅ~ん」とそっ気ない返事をするようになった。
数年前までは「心配だから早く帰って来なさい!」と、夜の外出にあれだけ猛反対していたのに。

そのサポコミュカフェに時々参加するようになって、最近、ますます「横のつながり」の大切さを実感。
特に仕事や学校は、どうしても「縦のつながり」に偏りがち。
仕事や学校で出しにくい元々の自分を、安心して発散できる居場所や仲間は必要。
決して「縦のつながり」そのものは悪くないけれど、普段から別に「横のつながり」を持つ事は、孤独死などの様々な社会問題を未然に防ぐためにも効果的。




さて、サポコミュカフェは、来月より開催日程が「隔月(偶数月)第3土曜日午後4時~7時」になります(4月,6月,8月,10月,12月,2月の年6回開催)。
参加費も「18歳まで無料、19歳から1人500円」になります。

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本来ならば最も重要な事

先日、「本来なら、今の日本にとって最も重要な行為をしている」人達と出会った。

それは「アニマルセラピー」

アニマルセラピーとは、動物を使ったセラピー手法の事。

地元の駅前で、そのアニマルセラピーの支援募金活動をしている男性と、現場で活動しているセラピードッグとして、スタンダードプードルの男の子と黒柴の女の子を見かけ、早速募金。

2匹とも可愛かったなぁ…


男性曰く、アメリカやドイツでは、すでに「医療行為」の一つとして認知され、特に精神科の治療の一環として幅広く利用されているとの事。

日本でも、アニマルセラピーがもっと多くの人に幅広く認知されると、結果的には保健所での殺処分といった、数多くのペットの問題の解決に大きく前進すると、その男性は仰っていた。
ところが、日本では、今もNPO法人や民間団体での活動が中心。
中には「単なる娯楽」と、一部から批判される事も。

アニマルセラピーだけに限らず、弱者のための支援団体や各種自助会的な団体の多くはボランティア活動で、専用の事務所さえ持てない団体も多い。
私も同様だけど、それだけでは全然食べていけないのが現実。
もちろん、今の活動と全く違うアルバイトをする事は、活動に行き詰まった時の「気分転換」になるといったメリットもあるけれど。

保育士や介護福祉士といった国家資格取得者でさえ、一部から「子守」「お手伝いさん」的な仕事として扱われている今の日本。
子どもたちの命を預かる責任重大な仕事、弱者の自立への支えとなる各種活動が、低収入やボランティア扱いなのは明らかにおかしい。

「准保育士」案が出るのも、保護司が「名ばかり国家公務員」なのも、言い換えれば、それだけ多くの国民、特に弱者の命を軽く考えているのでは?

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